ちびねこナッチの冒険 鬼籍

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なんてこった

去年の末にSクラブに入ってくれたK・Kさんが、
亡くなられたという知らせを、今日聞いて絶句。

おひとり暮らしだったようで、詳細は不明だけれど
亡くなって数日後に発見されたそうだ。

3月18日のSクラブの祭りに参加してくれて以降、
2週連続でSクラブはお休みだったけれど、
税理士というお仕事柄、3月末は忙しいだろうと
何の心配をする訳でもなかった。

心配して発見に至ったのはカラオケスナックの御夫婦。
毎週日曜日と、平日でもよく通っていたらしい。
数日間、店を訪れず、連絡しても返答が無かったことから
警察の人を伴って鍵を開けてもらって部屋に入ったそうだ。

そのカラオケスナックの御夫婦もボウリング仲間なので
情報が入ってきたけれど、そうでなければ一切の情報が
無いままだったかも知れない。

享年63歳。合掌。









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ミーちゃん永眠

昨日、10月11日に、R子ちゃんちのミーちゃんが永眠。
午前11時20分頃に、R子ちゃん夫婦に看取られて大往生
したそうだ。合掌。

やっぱりご飯を食べなくなったら1週間ほどだね。

今日、夕方5時前に電話があって、無事に葬儀終わって
帰宅したと連絡があった。

R子ちゃんは結構落ち着いていたけど、旦那さんの方は
まだワンワンと泣いている。

家にはもう一匹、ノアちゃんもいるし、外猫のブーちゃんも
いるんだからさ、しっかりしてよ。

子供のいない夫婦っていうのも有ったのか無かったのか。
そんなに悲しんでくれる義理のオトンとオカンがいて
よかったね、ミーちゃん。



マルちゃんの思い出⑥

マルちゃんの最期まで書いて、色々なエピソードを思い出した。
マルちゃんの武勇伝というか、素晴らしい能力などの事だ。

まずカーテン登り。
ニャンコさんはみんな、子猫の時には登ろうとするけど、
1歳くらいになると登らなくなる。体重が増えるからだろう。
でもマルちゃんは11歳くらいまで登っていたよ。

ガシッカシッと力強く登っていたよ。
もちろんカーテンはボロボロ。
何度も買い換える羽目になったけど、マルちゃんの勲章だ。

ある時、カーテン登りをしているマルちゃんに「ねえマルちゃん、
あなたはもう11歳だよ。普通は1歳くらいで止めるんだよ」
と言うと、一瞬止まって、「そうなの?」という表情。
それからしばらくして登らなくなったのは、私の言葉と関係が
あったのかなかったのか。多分気にしていなかっただろう。

それから方向感覚。
玄関のドアを開けた時、足元をすり抜けて逃走したニャンコさんは
沢山いたけど、階段を上にではなく下に向かって走ったのは
マルちゃんだけだった。どっちでもいいんだろうけど、結果、
上に向かって登っていった子たちはみんな、6Fのエレベーター前で
動けなくなって座り込んでいた。

でもマルちゃんは下に向かって走り、そのまま消え去った。
でも夕方になると、ちゃんとベランダから帰ってきた。
部屋の位置をきちんと把握できていたんだね。

ハンティング能力も。
これは、マルちゃんのお母さんのへいちゃんも優れていたけど、
マルちゃんの獲物は多彩だったから、行動半径の広さが伺える。
いや、へいちゃんはあまり持ち帰らなかっただけかも。

獲物の多彩さについては怖いので書けない。

気の強さや独立心はピカイチ。
お母さんは野良ちゃん出身(人懐っこかったから飼い猫だったかも)。
でも家で家猫として生まれたのに、あんなに独立独歩は稀有な存在。

忘れちゃいけないのが夏と冬での体格と毛の違い。
冬にはガッチリとした体格で脂肪を増やし、冬毛になってフサフサ。
夏には別人のようにスリムになって薄い夏毛。

お母さんは普通の茶トラさんだったし、そんなに大きな変化は
見られなかったけど、一代であんな環境に対応できるものなのか。
ニャンコさんといえば元は砂漠の生き物のはず。

だから真夏に炎天下で、エアコンの室外機の前で寝ているのは
不思議ながらもなんとなく納得できるけど、冬の寒さの中、
雪が降っても平気で出て行くのは理解できない。
身繕いもあまりしない子で、毛並みがボサボサでも気にしないような
子だったな。ニャンコさんではなかったのかも知れない。

まだまだきっと、なにかの拍子に思い出すんだろう。
マルちゃんは強烈な子だったからね。

それではマルちゃん、また会える日まで。




マルちゃんの思い出⑤

さてマルちゃんを見送って、マルちゃんの人生を思い出してた。

マルちゃんは幸せな人生だったのだろうか。
もうちょっとマシな家に生まれたかったと思っていたのだろうか。
うちで満足してくれていたのだろうか。
住めば都、仕方ないと諦めていたのだろうか。

もし聞いたら「どうでもいいやん、そんなこと」と答えたんじゃ
ないかと思う。「あんたもつまらん事、聞くなあ」と思ったんじゃ
ないかと思う。森羅万象すべてを知って達観している様な子だった。

マルちゃんの死因は、普通に考えれば「老衰で天寿を全う」という
普通の言い方になるんだろう。

でも、6月22日に水ゲロを吐いて以来、食べる所を見なかったから
自分の最期を自分で決めたんじゃないかと思っている。
鼻先までカツオを持って行っても見向きもしなかった。

元気そうな姿でお水だけは美味しいそうに飲むのに、好きだった
マグロのお造りも食べなかったし、自分の最期が近いことを知って、
足腰が立たなくなる前に、自分の人生に終止符を打つべく、
自ら食べるのを止めたんじゃないかと思っている。

亡くなった6月29日は水曜日でサークルの日。
クラブ祭りだという事までは知らなかったかも知れないけれど
毎週、必ず出掛けていく水曜日を選んだんじゃないか?
そんな風にも感じられる。

寝たきりであんたらに世話になる前に、自分の人生にあばよ。
そんな風に考えていたんじゃないのか。

全てをコントロールしなければ気がすまなかったのか。
自分の事は自分でする、自分で決める。決めるのは自分だ。
そんな強い意思で自分の最期を決めたんじゃないのか。

なんにしても立派な最期だったと思う。

私も自分の終焉は自分で決めたい。
そう考えさせられる見事な最期だったよ。

アッパレ、マルちゃん。

 GIFマルちゃんしっぽ振り振り可愛いね


それじゃあマルちゃん、虹の彼方で待ってておくれ。
そのうちまた会えるからね。








マルちゃんの思い出④


さて、ベランダのフェンスが完成して、マルちゃんも満足して
トイレはトイレでしてくれるようになり、私の寝床にも平和が
訪れ、毎日のハードな洗濯作業から解放されて一安心。

実際、どんなに眠たくても膝が痛くても、知らん顔をして
寝るわけには行かなかったよ、布団がを濡らされていてはね。

それからのマルちゃんは、日がなテーブルの上で寝て、
ご飯を食べて、出たい時にはベランダで過ごし、相変わらず
好き勝手な暮らしをしていたけれど(ニャンコさんの平常運転)、
痩せて足腰も弱ったんだろう、テーブルの上から直接床には
飛び降りられなくなっていった。

一度椅子に降りて、それから床に飛び降りるしかなくなったんだね。
無茶して骨折したら大変だから、それでいいんだよ。

でも食欲は旺盛で、チャオ(CIAO)の焼かつおというのを毎食のように
要求し、カリカリも今までより柔らかい物を好むようになり、年齢なりの
衰えも見せつつも、それでも家の中では女王様としての貫禄を見せつけ、
なっちゃん・ナナッピに睨みをきかせて、立派に君臨していた。

異変が起こったのは6月22日、サークルに行こうとしていた時だった。
水ゲロというのか、朝に水状のものを吐いていた。

なっちゃんは毎日、身繕いに余念がないので毛玉をよく吐く。
ナナちゃんは、しょっちゅう食べ過ぎて、それをすぐに吐いている。
でもマルちゃんは、吐くことがほとんどなかったから珍しいと思った。

その日から、マルちゃんはほとんど食べなくなり、そうかと言って
体調が悪そうでもなく、少しずつ痩せて細くなっていった。

2年前にアレくんが亡くなる直前には、まだ14歳ということもあり、
病院に連れて行くと、やせ衰えた腕に点滴をされて、その姿が
あまりにも痛々しく可哀想で、これでいいのか自問していた。
入院させたことも、強いストレスになったんじゃないかと思う。

だからマルちゃんの年齢で、無理やり機械に縛り付けることは
躊躇い、病院には連れて行かなかった。

そして一週間後の6月29日、その日はサークルの祭りの日。
玄関先に横たわっているマルちゃんに「行ってくるね」と声をかけ、
出かけて行ったのが、マルちゃんの生きている最後の姿になった。

帰ってきた時にはすでに冷たくなって、好き勝手生きて権勢を振るった
マルちゃんとの別れになった。

死に目に会えなかったことはさほど後悔していない。
後悔したところで、あの日にクラブ祭りに参加しないという選択肢は
なかったから。亡くなると判っていたらどうだったかはわからないけど。

きっとマルちゃんは、最期を看取って欲しいなんて思っていなかったと
今でも思っている。放っておいて欲しかったんじゃないかと思っている。

子猫の時からそんな子だった。
私に甘えるわけでもなく、お母さんにさえ甘えることもなく、
なんというのか天上天下唯我独尊?怖くて近寄りがたい子だった。

触ると怒るし、家猫さんとしては異質の存在だったけど、こちらも
畏敬と畏怖の念を持って接する、キョーレツで何やら怖い子だった。
マルちゃんには、つい敬語で喋ってしまうのが物語っているだろう。

ほとんどの時間を外で過ごし、ハンティングも大の得意だったし、
外食が好きだったんだろう、2~3日帰ってこなくても心配することは
なかったほどだ。お土産を持って帰ってくるのには閉口したけど。

それがマルちゃんが12歳か13歳の時、何故だか私の枕元で横になり、
頭を撫でると目と目が合って、初めて親子になった気がした。
なんだか少し分かり合えたような気がした瞬間だった。

それ以降は良好な関係を築き・・・とはならないのがマルちゃんで、
次の瞬間には鼻を鳴らして怒っていた。調子に乗るな、と。

そのマルちゃんとの生活は18年と5ヶ月と12日。
10392日という長きに渡ったから、思い出は尽きない。

そのマルちゃんとの別れは、予測はできたことだったけれど、
やっぱり突然で寂しいものだった。

6月29日はもう既に暑い時期だったから、お葬式は翌日。
2年前にアレくんを見送った葬儀場で荼毘に付した。


  雄々しいマルちゃん

    雄々しいマルちゃん。取り敢えず登るのが好き。


 マルちゃんの遺影に使用

   家でくつろぐマルちゃん。珍しくカメラ目線。


上の2枚の画像は、お葬式で遺影に使ったもの。
今は仏壇に飾ってある。

(以下 マルちゃんの思い出⑤ に続く)





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ちびねこナッチ

Author:ちびねこナッチ
ボウリングと映画と
海外ドラマが好き!
話には脈絡がありません。
日記代わりというか備忘録。

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